欧風カレー番長メンバー・関根拓のこと

 僕・水野仁輔が関根拓と出会ったのは、去年のことである。
 日本のカレーのルーツを探るためにロンドンに滞在していた僕は、どうしても調べたいことがあって、パリに渡った。調べたいこととは、玉ねぎの焙煎について。カレーをおいしく作るためのテクニックとして、必ず筆頭に上がる「玉ねぎをあめ色になるまで炒める」というものが、フランス料理に由来するものかどうかを知りたかったのだ。
 パリに長く住む友人(料理記者)の紹介で関根君と食事をした。伝統的なオニオンスープを食べながら話す。
「フレンチで玉ねぎをあめ色になるまで炒める料理ってありますか?」
「ないですね」
 予想していた答え。実は、これまでに何人かのフランス料理シェフから全く同じ回答をもらっていたからだ。
「あるとしたら、このオニオンスープくらいかなぁ」
「でも、これはあめ色とはほど遠い」
 この話はこれで終わった。
 嬉しいことに関根君は、何冊か僕の著書を読んでくれていた。僕が提唱しているゴールデンルールを読んで、カレーにおける自身のスパイステクニックに“自信”を持ったという。フレンチの料理人として働きながらも世界中を旅し、様々なスパイス料理に刺激を受けてきたから、インド料理話でも盛り上がった。
 それから1年後、僕が所属する東京カリ~番長が新規メンバーを募集したとき、応募メールの一覧を眺めて我が目を疑った。関根君の名前があったからだ。中身を読むと、東京カリ~番長のメンバーに入りたいという。僕は他のメンバーに内緒で慌てて返事をした。
 東京カリ~番長は(もちろんいい意味で)ナンパでテキトーな料理集団であり、関根君のようなフランス料理の確固たる実力を備えたシェフが加わるような集団ではない。そして、メールの最後にこう付け加えた。まもなく、僕は新しいカレー集団を立ち上げるつもりでいるから、ぜひそっちで力を貸してほしい。
 欧風カレー番長がスタートしてからまだ彼とは顔を合わせていない。もっぱらインターネットで意見を交換するばかり。いつか、メンバー全員が集合する決起集会は、パリにある彼のレストランでやりたいと思っている。
 
 
◆関根拓(せきね・たく)のプロフィール
1980年、神奈川県生まれ。パリ在住。大学卒業後、都内のレストランでフランス料理の勉強をスタート。代々木上原「le petit bateau」で半年、銀座「Beige Alain Ducasse Tokyo」で3年半を経て渡仏。パリでは「Alain Ducasse au Plaza Athéné」(ミシュランガイド三ツ星)で修行し、「Helen Darroze」(当時二つ星)でスーシェフ、「Fish la Boissonnerie」でシェフを務める。3ヶ月間の世界旅行に出た後、「Saturne」、「Clown Bar」を経て独立。2014年11月にパリ12区に「Dersou」をオープン。
 
 prof-sekine

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