カレーになりたい 180923

土星になりたい。
土星になりたい、と僕は思ったのだ。山形の夜に。
イベント出演のため、置賜に来ている。仕込みが済んで夕方に旅館にチェックインし、荷物を置いて会場に戻ると、外でスタッフの男性がふたり、夜空を眺めている。僕を見つけると、遠く先を指さした。
「あそこ、あそこを見てください」
「どこですか?」
「あの雲の切れ目。あの先に見える星が火星です」
「え!?」
「右端にいって、あそこで光っているのが金星、少し左に行くと木星、その左が土星なんです」
何を言ってるんだろう? とすぐには理解できなかった。太陽系の有名な星々がそこそこの距離を空けて一列に並んでいるというのだ。まさか……。でも、ふたりはいたって真面目である。
「我々、天体観測が趣味なんです」
「そうなんですか!」
「あ、あの光って動いてるの、あれは、国際宇宙ステーションです」
「飛行機じゃなくて?」
「飛行機はあっち」
「ああ」
「ほら、結構な速度で動いている」
「どのくらいの大きさなんですか? そのステーションは」
「サッカー場くらいありますよ」
「え!?」
しばらくやりとりしたあと、夕食の会場へと一緒に車で移動した。駐車場に車が停まると、ふたりはまた夜空を見上げ、うちひとりが車のトランクから大きな木箱を抱えてきた。さらにそこに大砲のような筒を設置する。手作りの天体望遠鏡だという。巨大だ。
米粒よりも小さく見える星々を肉眼で観察しながら、狙いを定めて望遠鏡を動かす。ピントが合うたびに「どうぞ」とのぞかせてもらう。月はクレーターまではっきりと見える。手作りとは思えないクオリティだ。雲の動きを見ながら、「お、イケるイケる」とばかりにまた焦点を合わせる。
すると、覗いたレンズの向こうに土星がいた。作り物か? と思うほどくっきりとリングが見える。うわー! ため息が漏れた。すごい光景だった。この感激は、圧倒的なものを目にしたからこそ生まれるものなんだろうか。夜空に小さく輝く土星を天体望遠鏡でリングもろとも観察するすごさに比べたら、なんとスパイスで作るカレーのスケールは小さいことか。
世の中でつらいことや悲しいことやうまくいかないことがあった人たちは、みんながみんなあの土星を見ればいいとさえ思った。あそこまでは無理だとしても、スケールは違いすぎるとしても、なんか、あんな感じの感動をカレーやスパイスで生み出せないだろうか。それを体験したくて、ホームセンターを物色し、望遠鏡を手作りしようと思い至るほどの感動を。
ああ、土星はいいなぁ。
土星のようにいかないもんかなぁ。
ただ、それ以上に感動したのは、星に没頭するふたりのおじさんのことだった。6畳ひと間(と聞いた)で両手で抱えきれないほどのサイズの天体望遠鏡を自作し、車で夜な夜な町へ出て、星を観測する。金星、火星、木星、土星を見つけられるのは、星好きの世界で常識中の常識かもしれない。パッと見ただけで、クミン、キャラウェイ、アジョワン、フェンネルを見分けられるのと同じレベルなのかもしれない。でも、夜空を見上げて星を見つけられる人のほうがずっと魅力的だよなぁと思った。
ステキな人たちと出会えてよかった。

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