カレーになりたい 180718

カレーをおいしくしすぎないように作りたい。
このところ、僕のカレー作りのスタンスについてそう語る機会が増えている。新刊にもそのことを書いた。「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」という、僕の好きな早川義夫さんの言葉を引用したりして。
ところが、この感覚がまるで伝わっている実感がない。
今日食べて今日おいしいカレーではなく、今日食べて明日おいしいカレーを目指している。そのためには、足し算ではなく引き算が大事になる。だから、カレーを作っているとき、僕はいつも、「これをやったらおいしくなりすぎてしまう」、「あれを入れたらおいしくなりすぎていしまう」とおいしくなりすぎることへの危機感を抱く。
ところが、話を聞いたほとんどの人がキョトンとするか、いぶかしげな顔をする。もっと伝わりやすい方法があるのかもしれない。それを模索しなければ。
韓国のテレビ局が5日間ほど僕に密着した。最終日の夕方、僕は、椅子に座ってテレビカメラ(と向こう側にプロデューサーとコーディネーター)を前に、実に3時間、インタビューを受けた。何十問の質問が飛んできただろうか。その中にやはりこの質問があった。
「水野さんはどんなカレー作りを目指していますか?」
僕の答えはいつも通り。
「今日食べて明日おいしいカレーです。おいしすぎないように気をつけている」
コーディネーターがキョトンとする。たっぷり時間があったから言葉を探しながら補足説明した。
「たとえば、舞台を観に行くとします。2時間笑い転げて劇場を出て、翌日にはどんな内容だったか忘れてしまうような舞台も魅力的。インパクトはないけれど、翌日になって思い出し、しみじみと面白かったなぁと思いなおすような舞台も魅力的。カレーにも両方のタイプがあって、僕は後者のカレーを目指しています」
「たとえば、ミュージシャンのアルバムを聴くとします。10曲の中でシングルカットされていて、聞いたそばから誰でも口ずさめるような人気曲も魅力的ですが、何度も聞いているうちにじわじわ好きになっていって、最終的に忘れられないほど耳に残る名曲も魅力的。僕がカレーで目指している味は、後者です」
いくつかの例えを使ってようやく納得してもらった。
振り返ってみると、「しみじみと」とか「じわじわと」みたいなキーワードが残る。そうか、しみじみとうまいカレー、とかじわじわととおいしさがやってくるカレーとかを目指しているということなんだろうな。
終日かけた最後の取材が終わり、プロデューサーとコーディネーターのふたりが、カレーを食べる。AIR SPICEの特別版として新しく準備しているカレーの試作品だ。食べ終わってふたりが口をそろえてこう言った。
「このカレーを食べられてよかったです。今回の1週間ほどの滞在でたくさんのカレーを食べましたが、今日ここで食べたこのカレーが一番おいしい」
結局、僕は、また、今日たべて今日おいしいカレーを作ってしまったことになる。加減が難しい。まだまだ修業が足りないな。

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