カレーになりたい 180707

西洋医学とは何か、西洋医学の可能性と限界について、取材をした。
もう2年以上前からスパイスについて西洋医学分野の医学博士との共同プロジェクトに取り組んでいる。その一環で初めて表向きにちょっとした冊子を作ることになり、改めて話を聞いた。そのテープ起こし原稿を整理していていろんなことを考えた。
東洋医学やアーユルヴェーダは経験主義、西洋医学は実証主義だ、と先生は言う。そうか。それでハッとした。僕が前者に対して今ひとつ踏み込めないのは、自分がどちらかといえば実証主義に立った人間だからなのだろう。
おいしいカレーを作るためには、玉ねぎを弱火で長時間、飴色になるまで炒めるべきだ。カレーの世界で何十年もの間、そう言われてきた。きっとそれでカレーがおいしくなったという経験のある人たちが、経験主義的にそう感じたからなのだろう。
僕もそうやって飴色にして、カレーがおいしくなる経験をした。でも僕はそれだけでは納得できなかった。控えめに反旗を翻した。なぜ、玉ねぎを細かく切らなければいけないのか、なぜ弱火で長時間がいいのか、なぜ飴色にするのか、なぜそれらをするとカレーがおいしくなるのか。誰かに証明してもらいたかったけれど、残念ながらそういう人には出会えなかった。
ほら、おいしくなったでしょう? だから、いいじゃない! みたいなことでは、腑に落ちなかったのだ。「信じる者は救われる」みたいなことを言われているようで、釈然としない。結果、玉ねぎでカレーをおいしくするためには、メイラード反応やキャラメリゼや脱水による味の凝縮が貢献していることを知り、それらを叶えるための手法は無数にあることにたどり着いた。少なくとも細かく切った玉ねぎを弱火で長時間を炒める行為は、数ある手法のひとつの選択肢であることはわかった。
まあかなり稚拙な実証ではあるけれど、僕自身のレベルでもカレーをおいしくするために疑問を持って納得のいく答えを見つけてこれまでやってきている。それがしっくりくる。レベルは低くても、自分が納得できるかどうかが大切で、「昔からこうなんだ」とか「本場ではこうしているんだ」と言われても実証主義の僕の心は動かなかったのだ。
医学の分野は全くの専門外だけれど、なんとなく西洋医学の世界で発信されていることに親和性を感じるのは、自分がそこにお世話になって育ってきた(風邪をひいたら病院へ行って薬を飲んだ)というだけでなく、アプローチが自分にあっていたのだと改めて実感した。
そのうえで、今回の取材では、あえて「西洋医学の限界や弱点についても教えてください」というお願いもしていた。先生はその点についても非常に冷静に客観的に正直に話をしてくれた。原稿を読み直していて、医学のこととは全く別の感想を持った。
「自分のいる世界の、もしくは自分自身の限界や弱点を把握して、隠さず素直に語ることができる人って、色っぽくて格好いいな」と。
いい歳をした医学博士の大先生に向かって失礼だけれど、僕が女性だったら惚れるだろうな、と思った。あ、でも、この惚れるっていう感情が生まれる理由は実証できないんだけどね。
 

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