カレーのことしかやりません。
そうやって決めてこれまでずっとやってきた。
カレー以外の料理も作ってください、と言われても、
カレーのことしかやりません。
そう言ってきた。
オススメの映画を、休日の過ごし方を、コーヒーライフを、キャンプ道具を、教えてください、と言われても、
カレーと関係ないからやりません。
そう断ってきた。
僕は、タレントでもなく、作家でもなく、文化人でもなく、カレーの人なのだから。
カレーのことしかやらないのだ。
そういうことにしてきた。
自分にとってはとても楽なことだった。
リスボンで行ってみたいと思っていた「缶詰BAR」に行った。
イワシをはじめ、各種、魚介類の缶詰がショーウィンドウにずらりと並ぶ店内で、
微発砲ワインを飲み、缶詰をつまんだ。
店のスタッフは、客が注文すると、ショーウィンドーを開けて缶詰を取り出し、
皿に盛りつけてテーブルへ運ぶ。それだけだ。
メニューには缶詰のリストが小さな文字でずらり。
ここには、缶詰と酒しかない。
でも、客がごった返してみんな楽しそうにやっている。
誰も、「そんなことなら缶詰買って家で酒呑めばいいよ」とは言わないのだろう。
だって、ここがリスボンで最も缶詰が集まっている場所だから。
手当たり次第に好きな缶詰をつまんで飲めるのだから。
缶詰のレシピ本まで出している。
缶詰のことしかやりません。
店がそう言っている。
僕はメニューをしつこくチェックし、カレー風味のサーディーンを見つけた。
注文して食べ、ショーウィンドーに行って、お土産用にその缶詰を買う。
パッケージには、「Caril」と書いてある。ポルトガル語で「CURRY」のことだ。
缶詰のことしかやらないBARに、カレーのことしかやらない男がやってきて、
缶詰のことしかやらないBARで、カレーのことしかやらない男がカレーサーディーンを食べた。
缶詰のことしかやらないBARと、カレーのことしかやらない男がリスボンで出会った。
いい夜になった。