カレーになりたい 180319

売れない本は紙切れ同然だ。
もう10年近く前にある共著本の著者20人ほどが一堂に会するキックオフパーティで、リーダー格のとある著者が、乾杯のあいさつでそう言った。
その直後に僕は強烈な違和感を覚え、この話を著者陣のひとりとして受けなければよかった後悔した。結果、その本は世の中に出たけれど(僕も書いたけれど)、それが目論見通り売れたかどうかの動向には興味が持てなかった。
ありがたいことに僕はこの17~8年もの間、毎年のようにカレーの本を出せるという環境で、執筆をし続けている。50冊近くの本を出す過程で本当に多くのことを学ばせてもらったから、今は、「売れない本は紙切れ同然だ」という考え方が、ある意味で間違っていないことも理解できるようになった。
僕だって自分の本は多くの人に読んでもらいたい、売れてほしいとは思っている。そのために頭をひねったり努力をしたりすることもある。でも、常に発信したいこと、伝えたいことが先にあるのであって、「売れるために」が先にあって本を作ったことは一度もない。もちろん、いまだに「売れない本は紙切れ同然だ」という考えには一定の理解はあるけれど、まったく共感はできない。
出版社から出す本に飽き足らなくなり、自費出版をするようになると、その気持ちはより強まっていく。だって、「自分は面白いと思っているけれど、売れそうもない本」は出版社が出してはくれないわけで、必然的に「売れそうもないけれど、自分は面白いと思っている本」を自費出版で出すことになるからだ。
 
誰もやっていないことで、
誰にも頼まれていないけれど、
誰かが望んでいるかもしれないことに
全力を尽くす。
 
これが、僕のカレーに関する活動方針の根本にある。売れるか売れないかが存在意義とつながってしまったら、書籍に限らず僕のカレー活動は大部分が無意味になってしまう。というわけで、この考え方は自己愛に由来するものだと言われても仕方がないのかもしれない。
高知のイベントが終わった。
このイベントのキッカケは、高知市で長年、愛され続けている「ワルンカフェ」の常連客が声をかけてくれたことだった。彼女が、イートミー出版の「チャローインディア」シリーズの愛読者だった。いったいあのマニアックな本の存在をどこで知ってくれたのかは聞かなかった。話してもらったのかもしれないけれど覚えていない。とにかく、毎年コンスタントに出るあの本をよく読んでくれていた。
「チャローインディア」は、東京スパイス番長が毎年インドへ即興料理旅行をしている内容を綴ったルポである。実は、去年、メンバーの予定が合わず、1回だけ、旅をパスすることにした。その年に東京であったイベントで、ワルンの常連客さんに会って話をする機会があったとき、僕は、彼女に怒られたのだ。
「今年のチャローはいつ出るんですか?」
「いや、実は、今年は、インドに行かなかったんです」
「え!? 行ってないんですか!?」
「は、はい」
「どうして~?」
「え~と、え~、メンバーの予定が合わず……」
完全な言い訳である。
「え~と、え~、旅のテーマが定まらず……」
これも完全な言い訳である。
すると、彼女は僕にこう言ったのだ。
「今年は行くのやめたとか、そういうのやめてもらえますか!?」
それは完全な抗議であった。
余計なお世話と言えば余計なお世話である。チャローの旅は僕たちが決めて僕たちがインドに訪れているわけであって、行こうが行くまいが、こっちの勝手である。が、そんな気持ちも頭をよぎらないほど、その場では、バーッとまくしたてられた。
自分と「ワルンカフェ」のオーナーさんやスタッフさんたちが毎年どれほどチャローインディアを心待ちにいているか、どれほど楽しみに読んでいるか。だから、来年こそは絶対に行ってください! と言われたのだ。一緒に旅するわけでもない他人から、あれほど強く「旅に出よ」と懇願されたことはない。不思議な体験だった。
「みんなでいつか水野さんを高知に呼びたいね、と話しているんですよ」
みたいなことも言ってもらった。とてもうれしかった。だから、というわけではないけれど、ちゃんと今年はメンバーのタイミングを合わせ、テーマを設定し、インドを旅した。今年は、「チャローインディア」が書けるのである。
ちなみに、この「チャローインディア」という本は、僕がイートミー出版名義で世に出している本の中でダントツに売れていない本である。
売れない本は紙切れ同然だ。
いつか聞いた言葉を思い出す。僕は、売れない「チャローインディア」を書いたことがキッカケで高知で素敵な人たちに囲まれてとても充実した数日間を過ごせた。「ワルンカフェ」のメンバーとそこに集まるお客さんたちのおかげで高知の魅力フルコースをシャワーのように浴びたのだ。
たくさんのお客さんたちが「チャローインディア」のバックナンバーを買ってくれて、その光景は、本当に目を疑うようだった。あの売れないはずの本が売れている(笑)!
紙切れが充実した日々をプレゼントしてくれることもあるのだな、と改めて実感した日々だった。だから、今年も僕はちゃんと紙切れに原稿を書き連ねていかなければならないのだな、とも。さて、どうしようかな、今年の「チャローインディア」。
何を書こうかな。
あああああ。
ああああ。
あああ。
ああ。
あ。
どうしよう。
どうしよ。
どうし。
どう。
ど。
 

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