カレーになりたい 171013

チェティナード地方への旅とチェティナード料理について教えてもらうために桜新町にある「砂の岬」を訪れた。行列必至なので、12時開店のランチに11時45分に並ぶ。もう何人かのお客さんがいた。無事、1回転目で店に入れ、鈴木君と奥さんにご挨拶。
「チェティナードについて教えてください。来年2月に行くんです」
と言うと、忙しそうにしている鈴木君は、ちっちゃい声でこう言った。
「あとで上に行きます」
注文を済ませて待っていると、上に上がってきたのは奥さんの方だった。
「ちょっと上がってくる余裕がないみたいで、代わりに私が来ました」
毎年のようにチェティナード地方にふたりで訪れているから、いろんな話が聞けた。その後もゆっくり食事をしていると、やがて1回転目のお客さんがひとりふたりと店を後にし、少しだけ落ち着いたのか、今度は鈴木君が上がってきた。短い間だったが、あれこれと教えてもらった。
ふたりの話に共通していたのは、チェティナード料理もいいけれど、おいしい料理を食べたいならマドゥライがいい、というものだった。マドゥライは、今回、僕らが旅の入り口とする南インドの大都市、チェンナイから少し南に行った町で、ここへ国内線で飛んでから車でチェティナード地方の街を回ることになっている。拠点となる都市だ。ふたりともが別々に口をそろえて「マドゥライがおいしい」と言うので、よほどなんだろうな、と興味が湧く。
ところが、ここで問題がひとつ。僕の今回の旅のテーマは、「チェティナード料理とは何かを探る」である。「インドへおいしい料理を食べに行く」ではない。なんとなく、来年の旅における現地での行動がイメージできる気がした。
「うまい料理を食べに行こうよ」というスパイス番長メンバーと、
「うまくてもチェティナード料理じゃなきゃ意味がない」と意地を張る水野。
互いに折り合いをつけながら旅をすることになるんだろうな。よく言えばストイック、悪く言えば強情。これは自覚している性格だ。マドゥライの料理がどんなに魅力的だとしても、今回の旅の目的を考えれば、「おいしいマドゥライ料理」よりも「おいしくないチェティナード料理」のほうが僕にとっては価値がある。短い旅で胃袋の容量は限られているわけだから、テーマに対してまっすぐ取り組まなければ納得できないだろう。
鈴木君にぶしつけな質問をした。
「チェティナード料理ってなんなの?」
鈴木君は、割と間を開けずに答えてくれた。
「それが、わからないんですよ~」
何年もその地を旅している鈴木君がわからないというわけだから、僕にもきっとわからないだろう。でも僕はわかりたいわけじゃない。自分の目で見て味わって感じて、自分なりの何かを見つけたり考えたりしたいのだ。それが正解かどうかは問題ではない。答えがないことを探るから楽しい。
営業中でお互いソワソワしながら短時間の会話だったので、後ろ髪ひかれる思いで店を出た。鈴木君は、しきりに「水野さん、来週とか時間ないですか」と言ってくれた。まだまだ話したいことがたくさんある、と。僕も聞きたいことがたくさんある。どこかでもう一度、鈴木君に会いに行こうと思う。

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