カレーになりたい 171011

「玉ねぎが沈むんです。見たことありますか?」
工場長がでっかい水槽の中を指さしてそう言った。僕は何を言ってるのかよくわからなかった。玉ねぎが沈む? 確かに目の前の青い水槽には、玉ねぎが沈んでいる。でも、浮かんでいる玉ねぎもたくさんある。ん!? 玉ねぎって浮かぶんだっけ? 沈むんだっけ? どっちが珍しいんだ? 玉ねぎが沈むってことは……。
「あー、あれ? 沈んでますね」
しょうもないリアクションをする。そうか、しばらく経ってから腑に落ちた。生の玉ねぎにはかなりの水分が含まれている。玉ねぎが重たいのはそのせいだ。その水分は水と同じ重さだけど、水分を除いた玉ねぎの部分は水より軽い。だから、普通は玉ねぎは水に浮かぶのだ。
そういえば、丸のままの玉ねぎを水に浮かせたことなんてなかったから、玉ねぎが沈むことの不思議さがいまいちわからなかった。よく考えてみれば変だ。もう一度、水槽の中をのぞく。たしかに玉ねぎは沈んでいる。な、なんじゃこりゃあ! 僕の中の松田優作が叫んだ。
「どうしてこうなるんですか? 密度が濃いってことですよね?」
「そうなんですよ。いろんな農家さんから玉ねぎが届くんですけど、ある農家さんからの玉ねぎだけが沈むんです」
「どうしてなんだろう」
「それが、その農家さんもわからないって言うんです」
「特徴あるんですか?」
「甘いんですよね。通常の玉ねぎが糖度7%ほど。この沈む玉ねぎは、糖度8%ほどなんです」
「へえ!」
「きっと土壌が違うんでしょうね」
視察と試作のために訪ねた旭川のソテードオニオン工場でそんな体験をした。工場長とはその後、ソテードオニオンの試作をして、それから、玉ねぎの切り方と加熱の方法についてあれこれと議論した。専門家とのこういうやりとりは僕の大好物だ。小さな疑問を解き明かそうと話を進めるとパッと視界が開けるような瞬間があり、その先にまたいくつかの疑問の扉が現れる。どれかを開けると未知の世界が広がり、別の扉を開けると果てしない一本道が続き、また他の扉を開けると前にいた場所に戻っていたりする。延々と繰り返していると迷子になりそうになる。議論や会話はLIVEだから、考え込んで黙るわけにはいかない。しゃべりながら頭の中では別の思考を巡らせたりして、右往左往としながらも、見えないゴールに向かって進んでいく。
いつも完璧な答えが出るわけではない。むしろ、答えなんて要らないのかもしれないとも思う。でも、たとえば玉ねぎをめぐるこのめくるめく世界のひとつの歩き方が世の中に提示されるだけでも、大きな意味があると思う。
今日、工場長と話し込んだ時間は30分ほどだったが、この会話は、きっと全国のカレー屋さんが知りたくてうずうずしていることなんじゃないかと思う。僕は、いろんな場所を訪れていろんな人にあって、小さな疑問の扉をノックして、歩いた旅路を、足跡をアウトプットしていきたい。きっとそれは僕にしかできないことなんじゃないかと思った。
沈んだ玉ねぎを見て、新しいアイデアが浮かぶ。
こんなこともあるんだなぁ。

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