カレーになりたい 170819

ランチトリップというイベントにゲストで出演してきた。週末のランチに仮想旅行で世界各国の食文化をめぐる、というコンセプトのイベントで、今回はインド料理がテーマだということで僕に声がかかった。
会場となった銀座「デリー」についてまず驚いたのは、スタッフの女性が全員、キャビンアテンダントのコスプレをしているのである。僕は制服やコスプレにはなんの興味もないが、好きな人にはたまらないんだろーなー。ま、イベントのコンセプトを考えれば納得はする。彼女たちは、自分たちのことを「クルー」と呼び、お客さんたちのことを「パッセンジャー」と呼んでいるそうだ。
今日の行き先はインド。インド料理を食べながら僕のインド料理話を聞き、さらには、パッセンジャーどうしでワークショップ的にスパイスについて話し合いをしたりする。フライト時刻が迫ってくるにつれ、パッセンジャーが続々と集まってきた。いつの間にか空席ナシの状態。
「アテンションプリーズ!」
クルーの中にいる依頼主からマイクを通してアナウンスが入る。
「まもなく当機は成田空港からインドへ向けて離陸します」
真顔のクルーたちを見ながら、「嘘だろ?」と戸惑う僕。搭乗に際しての注意事項があって、まもなく、僕らを乗せた飛行機は離陸した。マイクが僕に渡される。最初の30分間のトークテーマは、「インド料理とは何か?」である。この空気の中で!? 僕も仕方がないから覚悟を決めた。
「みなさん、ちゃんとシートベルト、してますか? 機内食が出るまでの間、インド料理について話します」
いつものように話をした。その後もクルーたちのなりきり演技は続く。ときには旅行会社の添乗員のように「ランチトリップ」のロゴマークの入った旗をふりながら、パッセンジャーたちのワークショップを仕切ったりしている。それが割と手慣れた感じなのだ。最初の打合せのときに共有したフライトスケジュールは、2~3分の遅れはあるものの、ほぼオンタイム。さすがに空の時間に大幅な遅れは許されないのだろう。後半の僕のトークもクルーから「あと5分」とか「あと3分」とか、カンペが提示される。僕も事故がないよう、できる限り時間通りにしゃべることにした。イベントが終わりに差し掛かると予想通りのアナウンスがされる。
「当機はまもなく、成田空港へ向けて高度を下げてまいります」
最後までクルーたちは、なりきってやりきった。最初は少し緊張気味だったパッセンジャーたちもとても和やかだ。なりきること、やりきることって大事だなと改めて思った。そういえば、依頼のあったときに聞いていたのだけれど、このイベントはもう10年続いていて、これまで100回以上をこなしてきたという。つい最近、NPO法人として再スタートを切ったばかりの記念すべき1回目のイベントが、水野を迎えたインド便である。
コンセプトに共感するところがあってこのイベントへの出演を決めたのだけれど、ここまでいわば客観的にいえばばかげたことを、しかも、ここまで徹底してやり切っているとは思っていなかった。パッセンジャーの態度を見る限り、みなさん、極めて真面目に搭乗、旅行をしている。小さなカルチャーショックがあった。
イベント後、会場に少し残ってクルーたちと食事をしたが、食事を始めるやいなや、口々に今日のイベントを振り返り、その場はあっという間に反省会へと突入した。キャビンアテンダントのコスプレをしたまま、機内食で残ったカレーを食べているだけでおかしな光景なのだが、クルーたちはここでもいたって大真面目なのである。真面目なコンセプトを掲げ、遊び心のある手法で、真剣に取り組む。それも10年以上。素晴らしいことだと思う。
そんなプロ意識(?)高いクルーの一員である依頼主が、イベント中、最も隙を見せた瞬間は、フライトの後半、アナウンスで突然、僕に打ち合わせにない話をふったときだった。
「私は水野さんがカレーを好きになったキッカケのお話が大好きなんですが、あの話、みなさんにしてください」
正直、なんのことを言っているのかわからなかった。打ち合わせにないことを突然ふられるのは、なんの問題もない。アドリブで話すことは慣れっこだから。ただ、話してもらいたい内容がなんなのか、求めていることがなんなのかわからないのは困る。
「え? なんの話だっけ?」
「あのTEDのスピーチの……」
「ああ、地元の浜松の……」
「そうです、それです!」
ということで、無事、クルーの望む話を披露することができてほっとした。あやうく不時着させてしまうところだった。

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