カレーになりたい 170803

半年以上ぶり(?)にリーダーがやっている間借りのカレー屋さんにお手伝いに行った。あ、いや、お手伝いに行ったことは今まで一度もなく、客として何度か足を運んだだけなので、お手伝いに行ったのは初めてのことになる。お手伝いと言っても狭いカウンターキッチンの中に勝手を知らない僕が入ってもあまりやることもなく、店の外で並んでいるお客さんと無駄話をするだけの役割だ。(これ、手伝っているというんだろうか……)
お客さんと話していると、鹿児島から来た、という男性がいた。
そのお客さん、鹿児島から来たことを告げる前に第一声で、でも控えめにこう言ったのだ。
「M響、聴いています」
M響というのは、正しくは、「M響アワー」と言って、リーダーと僕がやっているポッドキャストラジオ番組の名前だ。もう5年以上、毎週金曜に更新していて、270回を超えるアーカイブがネットに上がっている。どうでもいい無駄話しかしないと決めて毎週30分もだらだらと何の足しにもならない話をし続けているのだ。
「ありがとうございます!」
僕がそう言うと、彼は鹿児島から来たことも控えめに伝えてくれた。
「ええ!? 鹿児島から!」
「はい」
「なんか仕事の出張とかがあったんですか?」
「いや、特に……」
「そうですか。僕ら、今夜、M響の収録なんですよ。だから夜、竹乃なんです」
この発言は、ラジオを聴いていなかったらちんぷんかんぷんだ。僕たちは、ラジオの収録をする前に必ず、とんかつ専門店「竹乃」に集合することにしている。ここのとんかつがどれだけ好きかをラジオでしゃべりまくっているから、全国のヘビーリスナーは、店の名前だけはよく知っている。するとその彼は、こう言った。
「竹乃には昨日の夜、行きました」
リスナーにとって竹乃は聖地となっているのだ。それにしても、彼は、仕事の用事もないのに東京へやってきて、竹乃に行ってトンカツを食べ、翌日の昼にリーダーの店でカレーを食べている。M響アワーのリスナーだから? M響アワーのために? まさか……。
僕たちは、本当にどうでもいい無駄話しかしていないのだ。それが誰かが東京へ遊びに来るキッカケになるなんて、すごいことだと思う。カレーのイベントを開催したって地方からわざわざそのために上京する人はいないというのに……。
収録前にいつものように「竹乃」に行って、リーダーとそんな話をした。
「嬉しいよね」
「すごいことだよね」
鹿児島から昨夜、ラジオのリスナーが聖地巡礼とばかりに訪れてとんかつを食べたことなんて知らない「竹乃」のおかみさんは、僕に近づいてこう言った。
「今日はここでドラマの撮影だったのよ」
竹乃がロケ地として使われたらしい。
「◎◎くんが来たわ」
と有名タレントの名前を言った。僕がまるで興味がなさそうにリアクションしているのを察知したのか、「そうか、テレビ見ないわよね」と言って、それでも嬉しそうにキッチンに戻っていった。
タレントの◎◎くんが来たことより鹿児島から彼が来たことの方がどれだけ価値があることか。竹乃を出て場所を移し、収録を始める。話始めると僕たちは、嬉しいリスナーとの出会いがあったことをすっかり忘れて、またいつものようにどうでもいい無駄話を延々と続けたのである。

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