カレーになりたい 181006

刈谷農園の育てた有機栽培のしょうがをいただいた。
生でそのままと天ぷらと。生でかじったときに感じたことがある。農園でもらってかじったときのほうがおいしく感じたなぁ、ということ。その場の雰囲気のせいかもしれない。移動している間に時間が経過して、味が変わったのかもしれない。
ただ、問題は、同じしょうがではないということだ。内子に移動し、知人宅でいただいたのは、有機栽培のしょうが。畑でいただいたのは、有機栽培ではないしょうが。要するに有機栽培ではないしょうがのほうがおいしく感じるのだ。
これは、ワインにはまっていたときもそうだった。オーガニックワインが大流行りの時代だったけれど、僕は何度飲んでもオーガニックではないワインのほうがおいしいと思った。とはいえ、僕の飲んだワインの数なんて知れてるし、フランスワインしか飲んだことがないし、まあ、偏ってはいるけれど。
ただ、前からずっと疑問に思っていることがときどき頭に浮かぶ。
「有機栽培って本当においしいのかなぁ?」
少なくとも、僕は、有機じゃないほうがおいしいと思うケースがこれまで何度もあった。今回のしょうがも同じケースだ。まあ、うまいうまくないみたいな個人の好みの問題なので、永遠に答えは出ないのだけれど。
有機栽培は、スタンスの表明であって、必ずしも味わいと連動するものではないと僕は思う。農薬を使わず育てた、まあまあおいしいショウガを食べるのと、適度に農薬を使って抜群においしくなったショウガを食べるのは、食べる人が決めればいい。有機でうまいショウガもあるし、農薬でまずくなるショウガもあるだろうし。
そして、この手の世界は、あまり触ると怖い人がたくさんいそうだから、ほどほどにしておこうとも思う。ま、僕の味覚がおかしいんだろうな、きっと。
そういえば、前回、カレーの学校で「薬膳カレー」をテーマにしたときも同じようなことを感じ、また話をしたが、「信じる者は救われる」的な側面を少なからず持っている世界は、どんな形にしろ、需要と供給が互いに満たされる幸福がかなりのボリュームで成立しているのだから、僕みたいな外野がとやかく言ってはいけないと思っている。
僕は、できる限りのことを自分なりに調べて体験して自分なりに納得したい。その上で答えは出さない。「学ぶけれど選ばない」というスタンスを貫くだけだ。
授業でも話した通り、「流派の生まれる世界に真理は存在しない」んじゃないか、と思っている以上、おとなしくしていなければいけない。
「将棋の全容を解明したい」と言っている羽生さんがどんな戦法も使いこなすように
「カレーの全容を解明したい」と思っている僕はどの考え方も信じずにカレーを作り続けていくしかない。
ショウガを食べた。農薬を使ったショウガのほうが、有機栽培のショウガよりもおいしく感じたなぁ。なぜだろう? よくわからない。まあ、でも、あれは、たまたまだったんだろうね。ということかな。
 


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