カレーになりたい 171129

見ているようで見ていないことがたくさんある。
特に僕は、基本的にまわりが見えていない、注意力が足りないタイプだから、そんなことはしょっちゅうだ。たとえば街を歩いているとき、僕の頭はその街を歩いてはいない。たいていはカレーの事を考えている。街を歩けば色んな景色が目に入り、ああ、ここにカフェができたのか、とか、このショーウィンドーのコート、素敵だな、とか、こんなところに路地があったっけ? とか。もっといえば、街を歩く目的がどこかへたどり着くことなのだから、そろそろだな、とかついたぞとか、そんなことが頭に浮かぶのが当然だ。なのに、そんなことお構いなしにカレーの事を考えている。だから、歩いてきた道に何があったのかは見えていない。気づけば目的地を通り過ぎていたということもある。地下鉄で降りなきゃいけない駅で降りることができなかった例は、数えきれないくらいある。
街を歩いているのに街を歩いていないのだから仕方ない。
そんな僕の過ちを促進させる敵がいることに最近、気が付いた。スマホで見るSNSである。Facebookを見ていたら、喜多見のジビエカレー店「beeteat」の記事がトップに出ていた。「クマ肉のニハリ(カレー)あります。今日も張り切って営業します!」的な内容。お! 僕は店主の竹林さんが最近、北海道に猟に出ていたのを知っていたし、彼女から、「ジビエは冬眠前のクマ肉が最高」という話も聞いていたし、年内に行かなければと思っていたのだ。スケジュールを確認すると、年内の夜はすべて埋まってしまっている。ランチで行けるのも今日を逃すと2週間後になりそうだ。クマはもうあの店にないかもしれない。
僕は、「beeteat」へ出かけた12時の開店直後に入って30分以内に食べ、店を出れば午後の打合せにギリギリ間に合うだろう。喜多見の駅で降りて、店に向かう。マンションの脇にある外階段を下がって地下にいくと店がある。到着したのは、11時55分。誰も並んでいる人はいない。よし、ラッキー。これなら、12時にすぐ熊カレーにありつけるだろう。文庫本を読みながら待つ。12時になる。店は空かない。中には竹林さんがいるはずだ。バタバタしているのかな。さらに5分待つ。12時5分。まだ空かない。おかしいな。他に並んでいるひともいない。ま、僕と竹林さんの仲だから、開店前に扉を開けて店に入り、挨拶するくらいはいいだろう。と、扉のノブに手をかけた。が、ドアノブがまわらない。鍵がかかっているのだ。うそ……。
店の外に出ている看板をよく見ると、「水曜定休」とある。あれ? 今日って何曜日だっけ。えーと、あ、水曜だ! なんだ、休みだったのか。仕方がないから店を後にして外階段をのぼる。すると、外階段を上がったところに別の看板が出ていて、そこにも大きく「水曜定休」とある。そういえば、僕は、今日、この店に来るとき、階段の上の看板も下の看板も目に入っていた。記憶にある。でも、目に入っていただけで、読んでいたわけではなかった。いや、読んでいたのかもしれない。水曜定休か、と頭をよぎったのかもしれないが、今日が水曜で、水曜定休と言うことは、すなわち、今日はやっていないのだ。店の前で待ってもドアノブに手をかけてもカレーを食べることはできないのだ、という風には僕の頭は動かなかったのだ。
だって、カレーの事を考えていたから。
駅まで歩きながら、じゃ、あのFacebookはなんだったんだろう、と思い返す。おそらく、前日か数字前の投稿だったんだと思う。それが、定休日の今日、たまたま僕のフィード?のトップに上がったのだ。誰かがコメントをしたりしたのかもしれない。そんなこととは知らず、僕は、「今日はクマの日だ!」と喜びいさんで店に向かったのである。
見えているようで見えていない。見えているが内容は理解していない。こんなトラップがSNSに潜んでいるとは知らなかったよ。そんな話を友人にしたら笑われて、「僕だったら、記事投稿が何時間前、何日前なのかを確認するね」と言われた。そんなことをする余裕は、そんなことをするアイデアは僕にはなかった。
昔から僕は、店に足を運ぶ時に定休日や営業時間を調べないで行くことにしている。ケータイを持っていなかった時期が長かったこともあるが、当時から僕はその行為を「不便を買って出ようキャンペーン」と呼んでいて、便利なツールを使わないで過ごすことを大事にしていたのである。だから、定休日だと知らずに片道30分かけてカレー店に行き、店の前で呆然とした経験は幾度となくある。
「そんなもの、事前に調べていけば無駄な時間を過ごさずにすむのに」
誰もがそう思うだろうけれど、そのときに「無駄な時間になってしまった」と落胆したら負けだ、と僕は思っている。そういう状況になった時にその状況をどう楽しめるか、というゲームをいつもしているのだ。ゲームというかトレーニングに近いのかもしれない。行きたいカレー屋に行けず、諦めて帰る途中にたまたま入ったとんかつ屋で抜群にうまいトンカツに出会えるかもしれない。たとえば、そう考えるだけで、「無駄な時間」というネガティブな気持ちは消え去るのだ。
これと全く同じではないけれど、将棋の羽生さんがインタビューで同じことを言っていたのに驚いたことがある。彼は、「待ち合わせの場所の地図を確認したり出力したりしないで向かう」ことをときどきあえてしているそうだ。便利なツールに頼らないことで頭の働きや直感を研ぎ澄ませることを目的としていると語っていた。あれを聞いた時、「ほらね、あの羽生さんだって!」と独りで勝ち誇ったような気持ちになったのを思い出す。
ま、僕の場合は、仮に頭を研ぎ澄ませたところで、その頭で考えるのはカレーのことになっちゃうんだけどさ。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。


*

CAPTCHA


▲UP