35冊目/インドよ!

東京スパイス番長メンバー(シャンカール・ノグチ、ナイル善己、メタ・バラッツ、水野仁輔)で、インドについて書いた。
「すてきなチャイ屋の選び方」から「瞳に輝くインドの未来」まで、誰も語らなかった珠玉の88話。
これが、帯に書かれたキャッチコピー。
読めばインドに行きたくてたまらなくなる一冊に仕上がったと思う。
 
従来、インドについて書かれた本は、大きく二通りあるように思う。
ひとつは、「インドで人生見つめなおす」系の本。
もうひとつは、「すったもんだがありました、ここが変だよ、インド人」的な本。
もっと他にもいろんな切り口はあるけれど、大まかに売れていたり評判になっていたりするインド本は、たいていどちらかのエッセンスが強いように思う。
僕たち東京スパイス番長にとっては、そんなインドのイメージにすごく違和感があった。僕たちは、インドで自分や人生を見つめなおすことなんてないし、人に語って聞かせるほどのすったもんだもなければ、インドやインド人をネタにするようなスタンスもない。
その点でいえば、日本の読者が期待するインド本にはなってないかもしれない。
でも、僕たちが見てきたインド、付き合ってきたインド、旅してきたインドを素直に出そうと思った結果、過去の類書にはない切り口の本になった。
 
その最大の理由は、本のまえがきにも書いたけれど、やはり、僕以外のメンバー3人ともにインド人の血が流れているからなんじゃないかと思う。彼らにとってインドという国は、特別な存在だ。
 
今回の本で個人的に最も衝撃を受けた、というか勉強になったのは、「魅力的な文章とはなにか?」ということについてだった。
原稿を執筆する、という作業でいえば、僕は東京スパイス番長メンバーの中で最も経験豊富だし、稚拙な表現ではあるが、テクニック的にも自信があるつもりだった。ところが、各自がそれぞれにインドの原稿を書き始め、それが集まってきたころ、みんなの原稿を読んで愕然としたのだ。誰の原稿も圧倒的に僕のより面白かったからだ。正直言って、ショックだった。

たとえば、ナイル善己の書いた「ファインダーの奥の奥」とか、シャンカール・ノグチの書いた「君のホテルを探そうか?」とか、メタ・バラッツの書いた「木曜日はチョコレートバーの日」とか。
インドに興味を持ち始めたばかりの僕が、当時、こんな文章を読んでいたら、インドの印象はずいぶん違っていただろうと素直に思う。

僕は途中から方針を変え、みんなの面白い原稿を優先させ、その上で、本全体としてのバランスを取るために余ったテーマについて、自分の思いを文章に綴ることに決めた。自分の語るインドが同じ土俵で読まれるレベルにないと思ったからだ。
 
僕には昔から、本のクオリティは、制作にかけた熱量に比例する、という持論がある。
その点でいえば、今回の本に関して熱量とは、著者である僕たちがインドという国と向き合ってきた年月だということになる。
たかだか大学4年で初めてインドを訪れ、その後、ちょくちょく足を運ぶようになった僕と、生まれながらに体にインド人の血が流れ、ある人はインド国籍まで持って30年、40年とインドと歩みをともにしてきた3人のメンバーとは、明らかに熱量のレベルが違う。
それが、文章という形で如実に出た結果、僕の文章よりもはるかに3人の文章が面白いという結果になったのだと思った。原稿執筆のテクニックだなんて、浅はかな考えを持っていた自分が情けなくなった。
一から勉強しなおさなきゃな、と……。
 
ともかく、書籍「インドよ!」は魅力的な一冊になった。
東京スパイス番長3人のおかげで。
大げさな言い方になってしまうけれど、かつてのバックパッカーたちが、藤原新也の「印度放浪」を手にインドを旅したように、これからインドを旅する人たちが、一人でも「インドよ!」を手にしてくれたら嬉しい。

2015年1月 水野仁輔

 
※購入はこちらから
 

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インドとインドよ!について

  
インドを旅したことのある日本人は、それほど多くありません。
死ぬまでに一度くらいは行ってみたいと思っている日本人は、それなりにいると思います。
そのほとんどが、具体的に実行に移すチャンスがないままでいます。
だから、インドは「呼ばれた人でなければ行くことができない」と言われたりします。
でも、インドは本当は誰のことも呼んでくれません。
  
インドを旅したことのある日本人は、少なからず衝撃を受けます。
多くの点で日本とは価値観や常識が違うように感じるからです。
インドを旅したことのない人でも、そういうイメージは強く持っています。
かつては、藤原新也さんが「印度放浪」でそのディープな側面を表現し、
沢木耕太郎さんが「深夜特急」でその裏側を見せました。
そんな書籍の影響もあって、日本人のインド観は次第に形作られてきたのだと思います。
  
その後、インドを旅したことのある日本人が描くインドは、
加速度的にキワモノ的要素を増していきました。
“インドですったもんだがありました”的な話や“ここが変だよ、インド人”的な話ばかりが
書籍となって出版され、インドのイメージは悪化の一途をたどったような気がします。
でも、僕たち東京スパイス番長はそれらにすごく違和感を感じてきました。
僕たちが見ているインド、体験しているインドとはまるで違う姿だったからです。
  
インドを旅したことのある日本人は、当然のことながら、
自分が見て体験してきたインドをインドの姿だと思い込みます。
でも、インドの本当の姿はひとつではありません。
百人の日本人が旅したら、百通りのインドが見えます。
東京スパイス番長のインドもそのうちのひとつにすぎないのかもしれません。
  
インドを旅したことのある日本人の中には、
インドを自分のものにしたかのような気持ちを持つ人もいます。
だから、インドへ行ったことのない人との間には距離が生まれ、溝ができます。
でも、インドは誰のものでもありません。
もちろん、東京スパイス番長のものでもありません。
そして、インドという国は急速に変化を続けています。
だから、旅する我々も昔のままでいては、インドを満喫できません。
  
インドを旅したことのある東京スパイス番長が、
インドの魅力を伝える書籍「インドよ!」を出版しました。
毎年のように訪れるインドで僕たちが体験し、得たことを惜しげもなく書き連ね、
心の奥底に眠るインドへの愛を恥ずかしげもなくさらけ出した一冊です。
旅行ガイドでもなくインドカルチャー本でもない。
インドエッセイ本です。
  
本書に書かれたインドが本当の姿かどうかはわかりません。
ただ、ひとつだけ言えることは、これまで出版されてきたインドを語った書籍とは
全く違う視点で書かれたものだということです。
理由はいくつかありますが、最大のポイントは、僕・水野をのぞく東京スパイス番長の
メンバーの体にインド人の血が流れているという事実です。
インドを第二の故郷とする3人が、インドについて書く。
インド人である父や祖父のことを頭の片隅に置きながら……。
正直言って僕はこの本を共著者のひとりとして執筆するのではなく、
読者のひとりとして書店で買って楽しみたかったと今でも思っています。
  
ぜひ、みなさん、手に取ってみてください。
そして、僕たちと一緒にインドへ行きましょう。
  
  
2015年6月 東京スパイス番長 水野仁輔
   

カテゴリー: 僕はこんなカレー本を出してきた |

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