僕は歯医者に行った。
4週間ぶりだ。
レントゲンを撮って、各種検査をして、問診があって……。
僕には虫歯はない。
昔も今も。
駅の目の前にあるあの歯医者の3階からは、
線路を渡る歩道橋を行き交う人たちが見える。
その光景を見ていたら、何かが蘇ってきそうになった。
インドへ行く前も、僕は歯医者に行った。
いつぶりだったかは覚えていない。
レントゲンを撮って、歯型をとって、クリーニングをして……。
僕には虫歯はない。
あった記憶がない。
駅から徒歩0分の場所にある歯医者の3階で、
空中散歩をするサラリーマンやOLさんたちを眺める。
その光景を見ているときに、ふと頭に浮かんだものがある。
インド前の歯医者でもインド後の歯医者でも
僕はたまたま同じ場所に座った。
そして、同じことが頭を過ったのだ。
カレーについての、なにかすごく大事な気づきだった。
その確信はある。
でも、その気づきが何だったのか、思い出せない。
担当の歯科医師さんが、唾液の検査結果を
細かく説明してくれている。
でも、僕の頭の中は、気づきがなんだったのか、
そのことがグルグルし続けている。
これなら、何も聞こえていないのと同じだ。
「そうか!」と思ったんだ、あのときは。
「そうか!」とはならなかったんだ、今回は。
何をひらめいたんだろう。
僕は歯医者を出た。
その日が終わっても夜が明けて朝が来ても、
歯医者での気づきは戻ってこない。
僕は歯医者に行く。
次の予約は、2週間後だ。
そのとき、またいつもと同じ椅子に座る可能性は
どれくらいあるのだろうか。
目の前の歩道橋を過去と同じ人が歩く可能性は
どのくらいあるのだろうか。
そのとき、僕は思い出すのだろうか。
大事なカレーの何かを。
歯医者に、歯医者に、歯医者に。
僕はそれを思い出すまで
歯医者に通い続けるしかないんだな。