料理レシピ本大賞・入賞について

著書「まぼろしカレー」(地球丸)が、このたび、料理レシピ本大賞2016に入賞しました。
 
この本をお読みいただいた読者のみなさん、ありがとうございます。
この本の制作に携わってくださった関係者のみなさん、おめでとうございます。
 
せっかくの機会なので、「賞」について、考えていることを書きたいと思う。僕はこれまで、賞とかアワードとかにはまったく興味がわかなかった。言葉は悪いけれど、そして非常に失礼なことだけれど、正直、「賞なんて、くだらない」と思っていたし、「賞なんて、別に欲しくない」とも思っていた。だからこそ、意識的に著書を賞にノミネートする、みたいな行為は避けてきた。何度か他者や関係者から推薦されたこともある。今回の料理レシピ本大賞ではないが、国際的に開催されている料理書アワードのようなものに対して、「水野君の本なら絶対にとれるから出したほうがいいよ」みたいなアドバイスをもらったこともあった。そのたびに「いやぁ、まぁ、別に、そういうのは……」と歯切れの悪い調子でやんわりと断っていた。
 
ところが、今回、著書「まぼろしカレー」が入賞した。当然、初めてノミネートしたわけだから、初めての受賞となる。キッカケは意外なことだった。なんと担当編集者が著者の僕に内緒でノミネートしたのである。付き合いの長い編集者や過去に何冊も一緒に本を作っている編集者なら、そういうことはしない。むしろ「賞に興味がない」という僕のスタンスや考えを理解しているから、これまでノミネートという話すら出たことはなかった。でも、「まぼろしカレー」は、初めて仕事をする出版社、編集者だったから、「このチャンスにぜひ出したい」と思ったんだろう。ノミネート後、審査に通過した時点で、「これは著者に伝えておかないとまずい」となったのだろうか(笑)。僕はその時点で事情を知った。正直なところ、いい気分ではなかった。著者に断りなく、ノミネートするなんて。しかも、僕の苦手な「賞」というものに……。
 
僕は何よりも書籍が大好きで、書籍の話があると、ほかを差し置いてでも全力を注いでしまうから、できあがったものに対する愛着は誰よりも持っていると自負している。だから、そんな自分の可愛い本たちが誰かに審査されるとか優劣がつく場所に引っ張り出されるということに強烈な違和感がある。読者が感想を自由に言ったり、褒めてくれたり、アマゾンの書評で酷評したり、そういう行為はあって当然だ。でも賞は、なんとなく好きになれない。いただけない。こっちは、ノミネートしたら過去のすべての自著がグランプリを取って当たり前だ、くらいの気持ちでいるわけだから(ま、そんなに甘くはないのだけれど……笑)。
 
ああ、ノミネートしちゃったのか。どうしようかな。いやだな。困ったことになったな。他の自著に対しても見せる顔がないな。いろんなことが頭を巡った。しかも、僕に内緒で、というのがやっぱり納得がいかなかった。10年前なら自分のテンション次第では「取り下げてください」などと言っていたかもしれない。でも、僕もこういうことに対して少し別の考えも持つようになっていた。すなわち、「賞は著者がもらうのではなく、関わったスタッフがもらうのだ」と思えば受け入れられそうだ、と。もしかしたら、結婚披露宴に似ているかもしれない。披露宴は新郎新婦のために行われるのではなく、お世話になった方々のために新郎新婦がひと肌脱ぐ、我慢してさらし者になる(笑)機会なのだと僕は思う。そんな風に思ったら、少し気持ちが楽になってきた。
 
考えてみれば、著書は著者の私物ではない。関わったすべての人のものなのだ。そして、出版され、書店に並んだ瞬間から、僕やスタッフの手を離れて取次や書店や読者のものになる。それなら、僕が偏屈な美意識を振りかざして、多くの人に読んでもらえる可能性の芽を摘むのではなく、素直に入賞を願えばいいじゃないか。僕は担当編集者に「入賞するといいですね」と返信して、発表を待った。結果、入賞した。今はたくさんの人が喜んでくれているのだろう。本当によかったと思う。「授賞式があるから、ぜひ、登壇してほしい」と改めてメールがあったときは、一瞬、「どうしようかなぁ」という気持ちがよぎった。アカデミー賞の授賞式を欠席したウディ・アレンのことが頭に浮かんだりして(笑)。ま、それは冗談だから、喜んで出席することにした。授賞式には、出版社のプロデューサー、編集者、編集プロダクションの企画編集者、カメラマン、スタイリスト、デザイナーと制作スタッフが1年半ぶりに集合した。感慨深かった。「まぼろしカレー」という本がこの先どんな道を歩むのか、ちょっと楽しみにしている。
 
やれやれ、なにをまあグダグダと長ったらしく言い訳みたなことを書いているんだろう、僕は……。これからは「賞なんてくだらない」なんて言わず、もう少し素直になりたいと思う。過去に出版した書籍の中でも特別な“生みの苦しみ”を経験した本だから、「売れないかもしれないけれど自分たちの納得いく内容にしよう」と制作した本だから、それが原因かどうかわからないけれど、今一つ売り上げが伸びずに心配していた本だから、今回の受賞をキッカケに再び注目されるのは、本当にうれしいことだ。「まぼろしカレー」は、今はなきカレーの名店に対するオマージュを込めたレシピ本である。この本が、今どこで何をしているかわからないあのシェフや天国にいるあのシェフたちにも届くことを願っている。
 
最後に、料理レシピ本大賞の関係者のみなさま、今回は本当にありがとうございました。
 
2016年 晩夏 水野仁輔
 
※「まぼろしカレー」制作秘話はこちら。

カテゴリー: 僕はこんなカレー本を出してきた |

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