カレーになりたい 181224

アドベントカレンダーのWEB記事版(?)みたいなものが世の中にはあるらしく、カレーの学校卒業生の間でそれを楽しもうという企画があった。最終日のクリスマスの日は僕が書くということに。クリスマスの思い出なんてほとんどない(というか、思い出というものに興味がないため、覚えていない……)から、どうしようかな、と考え、そういえば、あの話を書こうと思った。
書きながら、でもこれ、その昔、M響アワーでしゃべったことがあるような気がするな、という気もしたが、テーマが違うし時を重ねれば別の味わいを持つだろう、と改めて書いてみる。せっかく書いたので、ここに記しておくことにしよう。

★クリスマスの罠
 
クリスマスの日がやって来ると思い出すことがある。
もう15年以上まえのことだろうか。山手線の中でふたりの子供が話していた。小学校低学年くらいの男子だ。ちょっとかしこそうな背の高めの男子(A)のほうが、ひ弱そうな小さな男子(B)に向かって話している。
「あのさ、シカって10回言って」
おお、懐かしい。この遊び、まだ健在なのか。とっさにそう思った。僕が小学校のころにも同じようなのがあった。
「ピザって10回言って」
というやつだ。
「ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ」
「じゃあ、ここは?」
と言って、腕の肘(ひじ)を指さす。
「膝(ひざ)!」
引っかかってそう言ってしまうとバカにされた。
そんな光景が、12月の山手線内で繰り広げられているのだ。しかも、「ピザ」ではなく、「シカ」である。これは面白そうだ。
だましてやろうとノリノリの男子Aとは対照的にぼーっとした男子Bのほうは、なんだかよくわからないまま、たどたどしく声に出した。
「シカ・シカ・シカ・シカ・シカ・シカ・シカ・シカ・シカ・シカ」
僕も心の中で男子Bと一緒に「シカ」を連呼する。
10回が終わるか終わらないかのうちに男子Aが尋ねた。
「じゃあ、サンタがプレゼントを乗せてくるのは?」
なるほど、そう来たか。僕は頭の中でシュミレーションする。
「カモシカ!」
「ブッブー。正解は、トナカイでした~」
きっとそんなところだろう。「シカ」と連呼させたら「カモシカ」と言いたくなる。男子Aはキラキラした目でソワソワした態度。早く、早くしろよ! そう言いたげなそぶりだ。打って変わって男子Bのほうは、頭の回転が遅いのか、やる気がないのか、まだ質問の意図を把握しきれていない様子。しばらく沈黙が流れた。その間、僕の頭に別の回答がよぎった。あ、そうか、正解はトナカイじゃない。ソリだ! 男子Aの質問を反芻する。
「サンタがプレゼントを乗せてくるのは?」
やっぱりソリだ。プレゼントが乗ったソリを引いている動物がトナカイなのである。もしや、こいつ……、相当かしこいのか。手の込んだ罠を仕掛けたというのだろうか。だとするとかなり難解な質問である。男子Aが期待している会話はきっとこうなんだろう。
「サンタがプレゼントを乗せてくるのは?」
「カモシカ!」
「ブッブー」
「なんで? あっ、そうか。正解は、トナカイ!」
「はい、それもブッブー」
「え、なんで? なんで?」
「サンタのプレゼントはソリに乗ってるんだよ。それを引いているのがトナカイ」
「そうか~、間違えた~」
僕はまんまと騙されていたのである。やるな、と尊敬のまなざしで男子Aを見た。彼は業を煮やしているようだった。それもそのはず、男子Bはまだうーん、と考え込んでいるからだ。
「もういい!」
男子Aが落胆の声を口にした直後、ようやく男子Bが口を開いた。か細い声で控えめにつぶやいた、その回答がすごかった。
「コジカ」
「はあ!? 子鹿!?」
僕も隣りで、はあ!? と思った。
「サンタのプレゼントが乗ってるのだよ?」
「うん、だから、コジカ……」
「もういい!!」
男子Aは二度目の「もういい!」を口にして完全にあきれ返ったようだった。その後の彼らの会話は憶えていない。なぜなら僕のほうは、その後、男子Bの「コジカ」が頭の中をグルグルとし続けたからだ。
いったいどういう感性で、どういう意図で、どういう気分で、「コジカ」だなんて答えを口にしたのだろう。
サンタのソリを1頭の子鹿がウンウンうなりながら引いている絵を浮かべたり、10頭の子鹿が必死で引いている絵を浮かべたり、サンタのソリの上にプレゼントと一緒に子鹿が乗ってるのを浮かべたり、プレゼントを背中に乗せた子鹿をトナカイが引いている絵を浮かべたり……。なんだよ、どれもめちゃくちゃ面白いじゃないか!!!
ショックだった。あのショックはいまだに忘れない。あのできごとがクリスマスの時期だったから、この時期になると思い出すのだ。今頃、彼らはもう大学生になっているだろうか。社会に出ているかもしれない。それぞれどんなオトナになっているんだろう。
あの頃も今も僕のほうはといえば、変わらずカレーの世界にいる。彼らを思い起こして改めて考える。このカレーの世界で、僕は、手の込んだ難題を得意げに出す人間になるより、小さな声でも「コジカ」と言える感性を身に着けたい。その“コジカ”に共感する人たちと一緒に、“コジカ”から広がる世界を楽しめる存在になりたい。僕がいつも言っている「プレーヤー」って、きっとそういうことだよね。
でもなぁ、“カレーにおける子鹿”っていったい何なんだろう。難問だな。こんなことをずっと考えていたらクリスマスはいつの間にか終わってしまいそうだ。
(おわり)

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