俺たち、カレー屋になるわ について

    

「いつかカレー屋になってみたい」と思う人は意外と多いんじゃないか、と最近、感じています。“カレー屋”という言葉は僕の感覚でいえば、カレー店のことではなく、“カレー店を経営する人”のことです。「あの人は、カレー屋さんだ」というふうに“さん”がつく感じです。たとえば小学校の卒業文集に「大きくなったらカレー屋さんになりたい」と書くコドモは、ほとんどいない気がします。でも、いい歳のオトナになってから、「カレー屋になりたい」と思う人はなぜかいるんですね。それだけカレーには不思議な魅力があるということでしょう。
 そんなコドモも持たないような純粋な気持ちを心のどこかに秘めているオトナが複数名、イートミー計画に集まりました。ここで始まったのが、「俺たち、カレー屋になるわ」です。宣言がそのままプロジェクト名。お店もないくせに先に名前だけ決めてしまいました。「DADA CURRY」。「ダダカリー」と読みます。なんとなくそうなったので、特に意味はありません。とはいえ、いつか実店舗がオープンするときには、もっともらしい由来がついているかもしれません。後付けでね。実際にお店をオープンさせるまでの軌跡を情報発信していきたいと思います。
    

 このプロジェクトには、裏テーマがあります。「カレー屋は儲かるのか?」です。どうせやるならお金を儲けたい。ここには飾らないオトナの本音が潜んでいます。でもなぜかカレーの世界はそういうマインドが許されないところがある。店主がたどり着いた味の世界を粛々と作り続け、薄利でも安価に提供し続けるカレー店が愛される風潮があるんですね。隣りのラーメン業界を眺めてみると、フェラーリやポルシェを乗り回す店主のラーメン店に行列ができている。いいなぁ、うらやましいなぁ、と思います。
 もちろん、いい車に乗るためにカレー屋になるわけではありません。でも1皿1,000円を越えると多くの人が眉をひそめる現状は、カレー業界にとっていいことだとは思えません。僕の大好きな洋食店「レストラン吾妻」の特製チキンカレーは、5,000円します。僕はお金持ちではないけれど、何度も食べている。手を抜かない分、勇気とプライドを持って適正な価格を設定する店主に敬意を払ってカレーを楽しんでいます。かつて好きだった「赤とんぼ」のカレーも確か5,000円でした。「資生堂パーラー」の有名な伊勢海老とアワビのカレー(1万円)は、注文が入れば入るほど赤字になるそうです。
 ロンドンで定着しているモダンインディアンレストランというスタイルは、ワインを飲み、コースでインド料理を頼むと1人あたり軽く1万5千円以上かかります。そんなレストランがどこもかしこも満席で予約が取れません。最近、東京ではランチ500円程度の安価なカレーを提供するインド(ネパール)料理店が増えました。もちろん喜んでいるお客さんはたくさんいます。でも、一方で、従来のインド料理店が価格競争に勝てず、仕入れるスパイスの品質を落とし始めていることを僕は知っています。腕のいいインド人シェフは、東京よりもいい給料を払ってくれる本国インドやドバイのレストランなどに移ってしまっている現状も目の当たりにしています。東京のインド料理店のレベルが落ちている。関係者の嘆きもときどき耳にします。価格の高いカレーが偉いわけではないけれど、いい材料を使って手間をかけてカレーにはそれに見合う料金が設定されるべきだと思います。
      

 世の中にはカレー屋になりたい、という思いをすでに実現させた先輩たちがたくさんいます。老舗を営む大先輩は別として、ここ数年で生まれたカレー屋さんたちは、とてもユニークな形で店を始めている。“間借り”とか“移動販売”というスタイルです。要するに別に仕事を持ちながらテスト販売できる環境で力試しをするんですね。うまく行きそうなら物件を探し、自分の店を持つ。だから、店でカレーを売っているからと言って必ずしも“本業(プロ)”ではなかったりする。店を持った後も独自の哲学でカレー店を営みます。たとえば、料理の勉強をするために、スパイスや食材を買い付けるために短期間、店を臨時休業して海外へ出かけて行ったりする。非常にフットワークが軽い。商売よりもライフワークとしてのカレー屋をやっているんです。プロとアマチュアの垣根が低くなり、趣味と実益とのすみ分けが曖昧になっている。この状況は、新しくカレー屋になりたいと思う“俺たち”には、喜ばしいことなのかもしれません。
     

 一方で、「ちょっとやってみたい」なんて生半可な気持ちでやられちゃ困る、という現役カレー店の声も聞こえてきそう。実はこの声には僕は昔から大賛成しています。新店に注目が集まれば集まるほど、天邪鬼な僕は、老舗店に惹かれるようになりました。老舗の魅力は安定感です。いつ行っても満足できる。ああ、このカレーだった、という安堵を与えてくれる老舗こそ、新進気鋭の店以上に革新的な挑戦を繰り返しているんです。だからなのか、今では、「気に入りの老舗店10軒ほどに定期的に足を運べばそれで十分満足」ってくらい、新店食べ歩きに対する情熱は弱まりつつあります。新店オープンの情報に心をときめかせ、知らないカレー店が存在するだけで焦燥感にかられたかつての自分が嘘のようです。
 カレー店を食べ歩かなくなった代わりにカレー屋をやる方に興味が出たかといえば、そんなことは全くありません。「ついに水野はカレー店を始めることにしたのか」と誤解されても仕方がありませんが、このことは一応、伝えておいたほうがいいかもしれませんね。僕は昔も今もカレー屋になりたいという気持ちは持っていません。僕はいつまでも店を持たない出張料理集団「東京カリ~番長」の調理主任であり、どこかの誰かに形容された通り、いつまでも“カレー界・最強のアマチュア”でありたいと思っているからです。ただ、カレー屋になりたい、と思う人たちには強く惹かれます。そういう取組みに対してはすごく興味があるし、何か具体的に役に立ちたいという気持ちもふつふつと沸いてきました。だから、このプロジェクトを立ち上げました。立ち上げたけれど、プレーヤーではありません。サポーターとして手伝えることを模索したいと思います。ともかく、あせらず、ゆっくり、やれるところまでやってみようかな。
 ま、近いうちに僕を含めた“俺たち”は、「カレー屋になるのは予想をはるかに超えて大変なことだった」と気づくんでしょうけどね……。たぶん、そこからが本当の始まりです。
     

2016年2月 水野仁輔
  

カテゴリー: 俺たち、カレー屋になるわ |

俺たち、カレー屋になるわ について への1件のフィードバック

  1. カレー大好き のコメント:

    とても興味深いプロジェクトです。

    カレー好きとしてはこの行く末を最後まで見守っていきたいと思います。

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