カレーになりたい 180513

自分の半径をまた超えてしまったかな。
森道市場というフェスに今年も出させていただいた。去年は激務だったこともあり、何も詳細を知らないまま愛知にやってきた。事前にインプットしていた情報は、「愛知県に行ってカレーを作ることになっている」というだけのものだった。スパイス番長メンバーのバラッツ経由だったから、スパイス番長としてやるのかな、程度。場所が蒲郡というところだと知ったのも出発の前日だった。
現場にいくと立派なブースがあり、すごい数の人がいる。フェスっぽいな、と思ったらフェスだった。
カレーもよく売れたけれど、「スパイス番長のカレー」や「水野仁輔のカレー」を求められている感じはしなかった。「ラーメンよりもどんぶりよりもカレーの気分かな」という感じがして、きっとここでカレーを作っているのが僕じゃなくてもよく売れたんだろうなとか思いながらバタバタとカレーを作って販売した。
途中、さすがに少し疲れてブースの裏に回り、芝生にしゃがんで休んだ。すると、すぐ脇にあるメインステージから、「波よせて」という僕の好きな曲が流れてきた。
お! スモサーが来てるの!?
スモサーは、スモールサークルオブフレンズという二人組のミュージシャンで、カリ~番長とは古い付き合いだ。脇からステージを覗いてみると、スモサーではなく、クラムボンだった。そのまま、心地よい音に耳を傾けて休んだ。クラムボンが来てるんだ~。やっぱり、これはフェスなんだな、と思った。
どうやら2日間の間にいろいろとヒアリングしたところによると、今やこのフェスは、ものすごい注目率で、出展者も主催者から声がかかることがステイタスとなっているとの話だった。そんなに盛り上がっているフェスだったのか。知らなかった……。半径の狭い僕には何の情報もなかったのだ。
現場でカレーを出し、買いに来てくれたお客さんと会話をする。たまたまスパイス番長のことを知ってくれているお客さんが、別のお客さんに説明をしてくれた。
「スパイス番長って言ってね……」
「へえ、そうなんですね~。どこにお店があるんですか?」
そんなに興味のないそぶりの女性が、次の一言で目が変わった。
「ここにいる水野さんは、NHKのきょうの料理とか出てるんですよ」
「うそ!」
よせばいいのに、僕はそういう紹介のされ方がすごく苦手なのに、でも、仕方がないことだ。そんな風に僕に代わって一所懸命、僕の紹介をしてくれるお客さんがいることは喜ぶべきことなんだろう。
さして興味を示さなかった彼女が「うそ!」の直後に続けてこう言ったのだ。
「写真一緒に撮ってください!」
面食らった僕に気が付いたのか、横に並んでツーショットを撮る時に彼女は、僕にこういった。
「愛知の人って、ミーハーなんですよ。有名人が好きなの。もっとそれを主張したらカレー売れますよ」
去年の話である。
今年、また、同じく森道市場から声がかかった。今度は去年の経験とそれなりの情報を持って参加することになる。でも、一抹の不安があった。あそこは僕のキャパを超えている場所なんだよな……。ステージトークに出演してほしいという話もあったため、僕は、カレーブースの現場をすべてバラッツと去年のスタッフ(仲間)たちに任せることにした。
しばらくして、国立にあるカレー店「ダバクニタチ」のオーナーシェフ、トオル君からメールが入った。
「水野さん、今年も森道でますか? 僕も声がかかったんですけど」
誰かの言い方を借りれば、ダバクニタチも選ばれし店となったわけだ。
「正直、ちょっと悩んでるんですけど、どんな感じですか?」
そうトオル君からのメールには書いてあった。
「カレーはたくさん売れると思うよ。でも、トオル君が納得のいく形でできるかどうかは微妙かも。ダバクニタチにとってプラスになるかどうかも……」
僕はずいぶん、消極的な回答をしてしまったけれど、今思えば、あれは、自分が自分に対して言いたかったことをトオル君に書いてしまったような気もする。数週間ほど経って、トオル君から「やっぱりやめました」と連絡があった。
「ダバクニタチらしい選択だと思う」
僕はたしかそんな風にメールの返事をした。正直言って、僕はその選択、決断をしたトオル君が羨ましかった。
今年の森道市場も無事に終わった。無事に、というか、大盛況だったはずだ。人がごった返していて、僕は、居場所がなかった。もちろん、他の出展者さんの中に友達や知り合いがたくさんいて、あちこちをフラフラしては、旧知の仲間たちと談笑したのはとても楽しかった。20冊ほど持って行っていた新刊のサンプルはあっという間になくなった。この場に来ないとなかなか会えない面々や、まだ伺ったことのないカレー屋さんから声をかけてもらって話をしたり、充実した3日間だった。
でも、去年から薄々と気づいていた通り、やはり自分の半径を完全に超えた場所だったことは改めて実感したのだ。僕は、なんというか、こう、もっとこじんまりした空間で細々と活動したい。行列ができて何百食のカレーが出ました、みたいなことよりも、50食くらいをじっくり提供できるような状況のほうがほっとする。
そんな器の小さな人間なのである。並びの出展者さんたちのオシャレでステキでイケイケな感じの中に埋もれて気後れし、ちょっとだけ逃げ出したくなるのは、僕のキャパが狭いからだろう。
最終日の僕がカレーを作る日は、朝から仕込んで、できあがったカレーは2時間で売り切れた。たくさんの人が食べてくれ、カウンター越しにお客さんと話した。「本を読んでます」などと声をかけてくれる人がたくさんいた。
なによりメンバーやスタッフがすごくよく動いてくれたおかげで、僕はゆるく3日間を満喫することができた。自分のキャパを超えたサイズのイベントだと思う反面、ある種の快感が残るから困ったものだ。
来年、もし、また幸運にも声をかけていただくことがあったら、んんん、どうしようかな。やっぱり躊躇してしまうなぁ。みんなで話し合って決めればいいか。

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