カレーになりたい 171118

昔から、独りでバーに行ける人にオトナだな~と憧れがあった。
僕には無理だ。独りでバーに行ってお酒を飲んでいったいどうするっていうんだろう。考え事をするならバーじゃなくてもいいし、マスターと話したいこともないし、見ず知らずのお客さんと知り合いたいわけでもない。
僕にとっては、カレーにらっきょうをつけて食べられる人と同じくらいオトナな行為だった。
早朝6時30分からの仕込みを終えてイベントでカレーを出し、夜に現場を終えてキッチンに戻り、洗い物や片づけをして帰る日々が続いている。21時過ぎに外苑前のキッチンを出て、自前の台車を持って帰宅することになった。なんとなく、「このまま帰りたくないな」という気持ちになって、足が自ずとCURRY BAR HENDRIXに向かう。夜道に台車をガラガラ押しながら考える。HENDRIXでは、山下達郎が聴けるといいなぁ、あ、いや、細野晴臣でもいいなぁ。あの店のいろんなところが好きだけど、その筆頭に上がるのが店主の若林さんの好みでかけているBGMだ。
店につく。扉を開いて中に入ると、聞こえてきたのは、なんと山下達郎の唄声! おおお、これこれ。まさかの偶然に嬉しくなった。席は満席だったのだけれど、一番奥の特等席(4人席)だけが空いていて、通してもらった。店主の若林さんに挨拶をし、いつものようにラフロイグのソーダ割を頼み、ホルモンとキャベツのジュージュー焼きとか鹿肉のローストとか、いくつかのつまみを注文する。
独り、ぼーっと考え事をしながら待った。お酒や料理が運ばれてきたあとも、引き続き、考え事をしながら頂く。ときどき若林さんや奥さんが話しかけてくれて、おしゃべりしながらまた考え事に沈む。いつのまにか、山下達郎のアルバムが終わり、続いてかかったのは、なんと細野晴臣だった。おおお! もしや、このアルバム、僕が来たからかけてくれたのかな!? ま、まさか、ね。
若林さんが注文していないつまみを次々と出してくれるから僕は調子に乗って2杯目のラフロイグを頼んだ。こうやって、気がつけば2時間近くが経っている。途中、お客が減って来たからカウンターに移動した。すると、常連客が若林さんにワイン片手に話しかけに来る。
「5日後にインドに行くんですよ」
「そうなんですか」
「インドの富豪たちにフランスワインのレクチャーをするの」
「へえ」
そんなやりとりをしている。
「場所はニューデリーなんだけど、せっかくインドへ行くからアーグラにもよろうと思って」
「アーグラ?」
こんな会話を僕の真横に立ったままその女性客は若林さんとしているもんだから、つい口をはさんでしまった。
「タージマハールがある町ですよね」
「そうです! え!? アーグラご存じなんですか?」
「ええ、まあ」
「すごい! アーグラを知ってる人なんていないですよ~。面白い! だって、インドなんて、人生のうちに行く機会ないじゃないですか~。私、紅茶が好きだからダージリンにも行きたいんです」
「ダージリン、めちゃくちゃいいところですよ。もう一度いきたい」
「え~! ダージリンにも行ったことあるんですか? すごい! 面白い人に会っちゃった!」
若林さんが彼女に隠れて僕に苦笑いを見せる。しばらくインドの話をして彼女は自分のテーブルに帰っていった。
僕は会計を済ませて店を出た。帰り道にふと思った。「このまま帰りたくないな」とよく知っている店に顔を出して、お酒を飲みながらマスターや初めて会った常連客と話す。あれ? それって、自分にはできないな、と思っていた“オトナ”の行為そのものじゃないか、と。まさか自分がそんな行動をとるようになるなんて。歳を取ったのかな。
とはいえ、立ち寄る店がBARじゃなくて、CURRY BARだってところが、なんとなくオトナのイメージとかけ離れているのだけれどね。

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