カレーになりたい 180415

将棋の世界には、「手を渡す」というのがある。
一手パスとかはできないけれど、一見、意図が見えないようなどうでもいいような手を指して、相手の様子をうかがうのだ。これが上手にできる人は、相当な実力者で、プロ棋士の中でもかの有名な羽生さんは、これが超うまい。
相手の出方をうかがうときっと見えてなかった次の一手が見えてきたり、場面が好転したりするのだと思う。この「手を渡す」という行為を覚えたのは、広告会社に勤めていたころだ。クライアント様様みたいな空気が蔓延している業界だったから、不測の事態のためにあの手この手を用意するのが当たり前だった。僕はそれがまあまあ苦痛でそこそこ疑問を抱いていた。
A、B、C、D、Eのことが予想される場面で、Aが来たらA’、Bが来たらB’みたいな準備をする。でも、最終的にやってくるのは、5個のケースのうち、絶対に1個なのだ。AとCとEが同時にやってくることはない。すなわち、5個動いたうち4個が無駄になる。4個の無駄をいとわないのが広告の仕事だよ、的な空気もあった。要らないのに……、と何度も思った。
仕事だからヤマヲハルようなことはできないけれど、僕はしばらく放置して様子をうかがうみたいなことをし始めた。すると、A、B、C、D、Eを予想していたはずなのに、気づいたらB、C、Dの3つに絞られていたりする。そのうち、「Cはないよね」とか、「もしCの事態が起こったら、そのときはあきらめようよ」とか、そんな判断ができるようになる。すると、BとDだけ準備すればいい。Bは僕の本命だ。この仕事はこうなればいいと思っている。だからBは一所懸命準備する。Dは気持ちが入らないから手を抜く。
そんな風に備えた結果、ふたをあけてみたりすると、AでもBでもCでもDでもEでもなく、Xがやってきたりして。でも、様子をうかがったり、絞ったことに対して優先順位をつけたりしたことで生まれた時間と気持ちのゆとりで別のことに向かえたり、Xという予測不能な事態がおきたときにも立ち向かえる態勢がいつのまにか備わっていたりしたものだ。
そんな訓練(?)をコツコツ長年やっていたおかげで、「たいていのことはどうでもいい」とか「たいていのことはどうにかなる」とか「どうにもならなかったらそれはそれでしかたがない」とか、「どうにもならないことをたのしもうかな」とか、そんな性格が形成されていったように思う。
カレーの世界でも、僕はよく手を渡すことにしている。
手を渡すときに大事にしているのは、「本質がどこにあるのか」とか「どのゴールに向かえばいいのか」とか「本当の狙いはなんなのか」とか、そういうことをできるだけ推し量ったり想像したりすることだ。これはとっても難しいから僕もまだまだ十分にできてはいないのだけれど、目の前に起きている事象に埋没せずに遠い先を見るとか、全体を見渡すとか、そういう感覚だと思っている。これを将棋の世界では、「大局観」という。今攻められていて部分的に劣勢に見えても、10数手先に事態が好転することを読める力。プロ棋士で大局観が抜群に優れていると言われているのは、やっぱり羽生さんだ。
カレーの活動をする上で、将棋から学ぶことがどれだけ多いことか。大局観を持って手を渡せるようになれば、カレーの活動は今よりもっと充実するだろうなぁ。
ただ、僕のような未熟者が、手を渡すと、それが相手にとって手を渡しているのではなく、手を抜いているだけのように見えてしまうのが難点だ。青川峡キャンピングパークの15周年イベントで2日間、カレーを作ったりワークショップをしたりした。直前まで細かいやり取りをしていたリーダーが急遽来られなくなったため、必然的に僕がその役回りをしなくてはならなくなった。僕は、そういうことはあまり得意ではない。その上、できるだけ「手を渡したい」と考えている(笑)。結果、イベンターから再三ある問合せにノロノロとまともに回答をしないまま当日を迎えてしまった。
2日とも本番はうまくいったけれど、中日の夜に打ち上げで飲んだ時に、イベンターから、愚痴を言われた。
240人分のカレーを作るために準備しなきゃいけない材料と分量すら、僕は回答していなかったからだ。完全に僕が悪い。
でも、今年で二度目として参加するイベントで僕は最終的に現場でうまくやれる自信(過信?)があったし、初めて仕事をする相手ではないから、大丈夫だろうという甘えもあった。具体的な回答をしていないから困らせているだろうな、もうしわけないな、と思ってはいたけれど、手を渡している以上、ま、このまま挑もうかと思ってしまったのである。ただし、現場にいって、「ええ!? 食材これしかないの!?」となったときでもちゃんとおいしいカレーを作ることができるように、いつもよりも持参するスパイスを入念に選び、現場でいかようにも応用をきかせられるよう武装して三重県に入ったのだ。
結果、だいたいは予想通りに進められた。それは僕にとっては予想できたことだけれど、仕事をする相手が同じように予想できなければ、迷惑をかけてしまうのだから、本当はよくないのだろう。相手を安心させるのも大事な仕事なんだと思う。
「これ、他のイベンターさんだったら怒ってますよ」
そう言われて、ほんとにその通りだと思った。反省しなきゃいけない。でも、一方で、他のイベンターさんだったら、こういう手の渡し方はしないんだよな、とも思ったのだけれど、ね。手を渡すときにどの程度手を渡すのかは相手次第だから。
さらに僕はまことに厄介なことに予定調和が嫌いでハプニングが好きだから、事前に準備を整えておこうとするとテンションが下がってしまう性格なのである(あ、台本どうりに進むテレビの出演が苦手なのはこれなのかも……)。こんなことを続けていたら、「もう水野に仕事をお願いするのはやめよう」と思われてしまうかもしれない。ま、そうなったらそうなったで仕方がない。なあんて思っている自分勝手な人間である。
結果オーライ?
みんな楽しんでくれて、カレーもおいしかったと口々に言ってくれたから、よしとするか(自分の中では)。
ただまあ、結論からいえば、わがままで無責任な人間だ、ということになるな、はい。自分のダメな性格を将棋で正当化してみたりなんかしてね、将棋に謝れって感じですな。
 


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