カレーになりたい 180407

新刊の入稿が迫っている。
出版社曰く、「水野仁輔初のエッセイ本」なんだ、とか(笑)。それだけに文字量はそこそこ多い。10万字ちょっと書きあげている原稿でデザインを組んでもらった結果、1万字ほど削除しなくてはならないことになった。
級数を下げて入れ込むのか、ページ数を増やすのか、それとも原稿を削るのか。その判断を迫られ、僕は、割とあっさり、「原稿を削りますよ」と答えた。読者にとって読みやすいページ数と級数は? みたいなことは僕にはわからない。編集者やデザイナーや他、この本に関わる人たちに任せることにしている。文字を小さくしたりページを増やしたりはしないほうがいいという意見が強いようだった。それなら、僕が原稿を削れば解決することだ。
表現したいことがあって原稿を書いたのだから、それを削るのは、まあ、簡単なことではない。伝えたいことが十分に伝わらなくなる恐れもある。でも、なんだかわからないけれど、今回は、「まあ、削ればいいじゃないか」と思えたのだ。
 
そのほうが内容としてもよくなるなと思ったのか。
削るという行為に少しワクワクしてしまったのか。
歳を重ねたおかげで許容できるようになったのか。
何も考えずに軽はずみにそう答えてしまったのか。
そもそもこの本を作る作業に飽きてきているのか。
 
具体的な理由はわからない。そういう気分になった、ということなのかもしれない。決めてから実際に作業に取り掛かると割とサクサクと削ることができた。何度も読み直している原稿を「削るぞ!」というつもりで読み直す。すると、ここもあそこも要らないな、という箇所が次々と出てきたのだ。
結果、僕が「なくてもいいか」とか「ないほうがいいな」と思った部分を削除してみたら、ピタリと収まったのである。なんと心地よい作業だったことか。満たされているとか足りているとかいう状態は、僕にとって理想形ではないということなんだろう。書きたいと思って書いたものを10%も削った結果、「よりよくなった」と思えるのだから。
1万字を削る一方で、僕はあとがきにほんの数行を足そうと考えている。その数行が「僕が僕であることのこれ以上ない証明」となる予定なのだけれど、未来の読者のいったいどのくらいの人がそこを読み取ってくれるかは未知数だな。
 


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