カレーになりたい 170715

フードトラック「カレーの車」のスタッフ候補に応募してくれた方々の面接を行った。「カレーの車」を中心に「カレーの学校」その他、ほぼ日と僕とで実施していくさまざまなカレープロジェクトのスタッフとして協力してくれる人だ。書類選考をして、数名を選んで面接する。人を選ぶというのは、本当に苦手だ。僕は決してどこかの誰かよりも偉いわけではないから、本来、誰かを落として誰かを選ぶ立場にはない。でも、今後、一緒にカレーの活動をしていく人になるわけだから、重要な仕事である。
20代~40代の男性と女性。ほぼ日スタッフと一緒に1日かけて何人かと面接をする。ある人とのやり取りでハッとすることがあった。20代半ばの女性だ。
「カレーが好きです。どちらかというと作る方よりは食べる方が」
「誰かを誘ってカレー屋さんに行ったりするんですか?」
「そういうことが多いですね。私の年齢であまりカレーを食べに行こうって熱がある人はいないんですけど」
「ですよね」
「でも、私が誘うとみんな一緒に行ってくれるんで、楽しんでいます」
「どこか好きなカレー店はあるんですか?」
「んんん……」
「カレーが好きになったキッカケとかってありますか?」
「んんん……」
「たとえば、どこかで食べたカレーに衝撃を受けた、とか」
「んんん……、そういうのは、特にないんです」
「将来、カレー屋さんをやりたい、とか?」
「それもありません。カレー屋さんをやりたいと思ったことはありません。どこかにお店を構えて食べに来てくれる人を待つよりも、食べてもらいに行くほうが魅力があります」
それこそが、僕の考えるカレーの車のコンセプトである。横に座っているほぼ日スタッフが「どっかで似たようなセリフを聞いたことありますねぇ」と嬉しそうに言った。僕はカレー店を開くことにあまり興味はない。それは昔も今も変わらない。25歳の女性が20年近くカレーの活動をしてきた自分と同じような感覚でいることが不思議だった。僕の周りにカレーに興味のある人は多いけれど、このタイプはほとんど知らない。少し考え込んでしまった。すると、ふと、彼女が口を開いた。
「私、“カレーの人”になりたいんです」
「カレーの人!!!」
僕が驚いてそう突っ込むと、狭い面接部屋がどっと沸いた。
「カレー屋さんになりたいわけでもなく、カレーを食べ歩く人になりたいわけでもなく?」
「そうですね、カレーの人になりたいんです。うまく説明できないんですけれど」
何を隠そう、僕は、カレーの人である。世の中にはカレーに関わる人が山ほどいるけれど、僕以上の“カレーの人”はいない、と自負している。じゃあ、「カレーの人ってどんな人なの?」と聞かれたら、うまく説明できる自信はない。
常日頃から言ったり書いたりしていることはある。カレーは食べ物だから、おいしく作りたい、おいしく食べたい、と誰もが思っている。カレーをおいしく作るかおいしいカレー食べるか。カレーに関心を持つ世の中ほとんどの人はこのどちらかか、もしくは両方かに所属する。でも、僕が見ているところは違う。「作る・食べる」ということは目的ではなく手段である。その先に何をしたいのか、どこにたどり着けるのか、に関心がある。この価値観を共有できる人はこれまでほとんどいなかった。そういう人を増やしたいと思って「カレーの学校」を始めたのだ。生徒や卒業生にどこまで伝わっているかはわからないが、生徒さんたちの何かを手にしたような顔や反応にこれまでたくさんであって来たから届いているんだと思う。
「カレーの学校」では、生徒に毎回、授業をするごとに「プレーヤーになってください」と話す。この僕の言うプレーヤーとは、“カレーの人”のことである。それは、みんなとは全く違う価値観を持ってカレーの世界で活動をする人のことなのかもしれない。
目の前にいる面接を受けに来た20代半ばの女性が、「カレーの人になりたい」と言っている。僕は彼女と同い年くらいで東京カリ~番長の活動を始めた。そのときは、「“カレー”になりたい」と口走ったことはあったが、「“カレーの人”になりたい」なんて思考は持っていなかった。そんな気持ちが生まれたのは、もっと何年も経ったあとのことだ。面接中なのに、頭がグルグルし始め、黙り込んでしまった。周りのほぼ日スタッフは、面白くて仕方がないようだった。
確認するべきことは確認できたし、そろそろこの面接をしめようとして、スタッフが「ちなみに……」という感じで最後の質問をした。
「水野さんの本は読まれたことありますか?」
「はい、全部じゃないですが、スパイスカレー事典とか持ってます」
「じゃあ、自分で作ることもあるんですか?」
「そうですね、でも、自分で作るよりも誰かと食べに行きたくなっちゃいますが、AIR SPICEは作ってます」
え!? AIR SPICE買ってくれてるの? へえ、それは自ら積極的には言わないんだ。聞かれなかったら言わないつもりだったのだろうか。普通に考えたら、真っ先にアピールしたいポイントだと思ってもおかしくないのに。意外なことが多すぎる面接だった。彼女と一緒に働くことになるかどうかはわからない。でも、世の中に僕以外に“カレーの人”になるかもしれない存在がいるということは、大きな収穫だった。

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