Japanese Curry Guide 刊行の辞

日本のカレーは、海を越えてやってきた。インドからではない。イギリスからである。明治維新の時代、文明開化の流れに乗って届いたカレーライスという料理が、当時の日本人の口にあったかどうかはわからない。その後、日本でカレーが正しく再現された確証はない。なぜならイギリス人伝道師がいたかどうかも定かではないのだから。それにもかかわらず、今やカレーライスは日本の国民食として親しまれるまで成長を遂げている。
150年近く前にやってきたカレーは、どんなものだったのだろうか? 新宿中村屋が日本で初めて“インド”という名を冠したカレーを提供したのが、90年ほど前。銀座に日本で初めてインド料理店「ナイルレストラン」が創業したのが、60数年前。すなわちカレーを知った日本人がインド料理を知るまでには、少なくとも50年以上の歳月が経過していることになる。カレーとは何かを教えてくれるインド人の師匠すら存在しなかったということだ。
異国人が伝えたカレーという難題にいったいどれほどの日本人が立ち向かってきたのだろうか?
頼るべき師のいない日本カレー界での暗中模索は、謎を解く鍵を与えてくれたのだろうか?
気の遠くなるほどの試行錯誤の結果、果たして我々はカレーに関する何かしらの真理をつかみ取ったのだろうか?
150年の歳月を経て素人が玄人へと成長するまで過程こそが、日本のカレーの歴史である。結果、我々が手にした“ジャパニーズカレー”という料理は、世界のどの場所にも類を見ない独自性あふれる味で、多くの人を魅了する存在になった。肝心なことは、いつだって街角のカレー店がカレーカルチャーを創造し、牽引してきたという事実である。斬新なカレーの味は常にカレー店で生まれ、メディアが取り上げ、メーカーが目をつけて大衆商品に仕上げてきた。我々が今もカレー店という存在に注目する理由はここになる。
「JAPANESE CURRY GUIDE」は、ガイド本であってガイド本ではない。おいしいお店を紹介するグルメ本ではなく、おいしいカレー店を通じて「日本のカレーとは何か?」を考えるための道しるべでありたい。今もなお、ジャパニーズカレーという広大な砂漠で彷徨える日本人に一杯の水を恵んであげられるような本でありたい。ジャパニーズカレーという底なし沼でもがき苦しむ日本人に一本のロープを放り投げてあげられるような本でありたい。
日本のカレーとは何か? この難題への答えを見つける作業に終わりはないだろう。最前線に立ってカレーと向き合い続けるすべてのカレー店に対し、最大の敬意を払ってこのシリーズを刊行し続けていこうと考えている。
   
2015年8月1日
水野仁輔
    


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