40冊目/世界一やさしいスパイスカレー教室

レシピ本は、近い将来、要らなくなるのかもしれない。
  
この世から消え去ることはないけれど、新たに生まれる頻度は激減するだろう。
理由はネットにレシピが溢れているから、ではない。
動画に勝てないから、だと僕は思う。
レシピ本をやまほど出してきた僕は、いつもいつも歯がゆい思いをしてきた。
伝えたいことが伝えきれないからだ。本当に大事なことはレシピには書いてない。
別に隠しているわけじゃない。書きたくても表現できないのだ。
一番いい方法は、実際に作って見せてあげること。
これまで実施してきた様々なスタイルの料理教室で、
生徒さんが「!!!」と開眼する光景を数えきれないほど目の当たりにしてきた。
そのたびに、「伝えたいことが伝わった」という手ごたえを感じた。
目の前で変化が観れて、音が聞こえて匂いがする。
そのことがどれだけカレー作りを伝えるのに恵まれているか。
それに引き換え、書籍が受け入れなければならない制約は厳しすぎる。
翼をもがれた鳥のように、自由に羽ばたく喜びを得ることは極めて困難なのだ。
リアルに目の前で料理をするという行為を最も多くの人に届ける手段は動画である。
匂い以外のほとんどすべてのことは動画で伝えられる。
しかも、丁寧に編集すれば、1時間かかる料理のポイントを10分で伝えられる。
それは、ハッキリ言って、プロセス写真を50枚使ったレシピ本よりも優秀だ。
レシピ本を出版するシェフや料理家が多くの人に自分のレシピを届け、
その対価としてお金を稼ぐことを欲しているとするならば、
レシピ本というメディアを介する意味は相当希薄になるだろう。
WEBで動画を配信する会社がシェフや料理家に本の印税よりも高いギャランティを
約束すれば、瞬く間にレシピ本は減っていく。
もう、そんな未来は、すぐそばにあるんじゃないかと思う。
僕は書籍を偏愛しているから、たとえお金を積まれても、書籍を選びたい。
ただ、負け犬の遠吠えになるのは嫌だ。
書籍でなければ届けられないことを模索してあがき続けたいと思う。
    
ずっと、レシピ本でやってみたいと思っていた切り口があった。
それが、「カレー教室」というものだ。
リアルの料理教室を実施し、その内容を余すところなく原稿にして写真を添えれば、
画期的なカレーのレシピ本になるはず。
動画で撮影して流すよりも多くのことを編集の妙で伝えることができるなら、
レシピ本にはまだ可能性が残っているんじゃないか。
僕のそんな目論見は、果たしてうまくいったのだろうか?
   
スパイスを使ってカレーを作りたいという人が増えている。
スパイスカレーは簡単、だけど難しい。
作れるようになってしまえば、「なんだ、こんなものか」と拍子抜けするほど楽なのに、
習得するまでに意外と苦労するのだ。
独学でカレーを覚えた僕は誰よりも苦労を重ねてきたから、
その大変さは痛いほどわかる。
逆に今だったら昔の自分みたいな誰かに対してとっても上手に教えることができる。
どこで迷い、悩むのか、どこが難しいのか、どこで手こずるのかを知っているから。
  
本書で、一番身近にいる東京カリ~番長のメンバーを生徒にし、
実際に僕が講師になって丸一日かけて料理教室をやった。
メンバーの中には、かなりの腕前を持っている者もいるし、
僕の一挙手一投足に、ひと言ふた言にいちいち感心しているような未熟者もいる。
彼らに丁寧に説明しながら調理し、ライターははりついてメモを取り、
カメラマンは必要以上にプロセスカットを撮ってくれた。
キッチンスタジオに黒板を用意してもらい、いつも料理教室でやっているように
ありとあらゆるポイントを板書しながら進めた。
撮影が終わり、編集作業が始まって、最も驚いたことは、
担当編集者が自宅で僕らのレシピを作りまくってくれていることだった。
僕がレッスンしたいくつかの基本のカレーはもちろん、
メンバーが提案したたくさんのレシピのうち、半分以上を調理したという。
純粋に嬉しかった。
校正の打合せで彼女から出てくる質問は、かなり詳細にわたるものだったし、
彼女が手にしている校正紙は赤ペンのコメントでグチャグチャになっていた。
僕はできる限り自分の言葉で丁寧に回答し、彼女は赤ペンの文字の上に
また別の色のペンで新たなコメントを書きこんだ。
レシピ本のレシピを校了までにあんなにたくさん作ってくれた編集者は、いなかった。
それだけ読者との距離は縮まったはずだと思っている。
   
本のタイトルを決めることになったとき、
「スパイスカレー教室」という言葉が出てきたのは、ごく自然なことだったが、
予想もしていなかったのは、「世界一やさしい」という葉の浮くような形容詞だ。
僕は最上級を意味する形容詞が嫌いである。世界一でも日本一でも東京一でも、
とにかく一番という表現は使いたくない。究極も最高も使いたくない。
「さすがに世界一はやめましょうよ」
そう言おうと思った僕よりも少しだけ早く、
打ち合わせにいた東京カリ~番長のリーダーが口を開いた。
「いいですねぇ!」
「!?」
僕は絶句したけれど、まあ、いいか、と思った。
僕はこの本の著者じゃなくて監修者だし、リーダーがそういうのなら。
そして、「世界一やさしい」も僕らがこれだけ頑張った結果に生まれる本なら、
現時点では嘘がないとも思ったから。
   
そこまで言い切ってしまったからには、最後に言わせてもらいたいことがある。
本書の冒頭に出てくる“基本のチキンカレー”をぜひ作ってみてほしい。
これを作った結果、出来上がったカレーを食べて、
いまいちピンと来なかった人がいるとすれば、
その人は、今後、スパイスカレーを作るのは、やめたほうがいいかもしれない。
それくらい誰が作ってもおいしいカレーができるように設計しているつもりだ。
なにしろ、基本のチキンカレー、1品のために実に20ページ近くを割いているのだ。
あのカレーがおいしくできないはずはない。おいしくないと思うなら、
それは、その人の技術が足りないのではなく、
その人が求める“おいしさ”が、きっとスパイスカレーとは別のところにあるのだと思う。
ちなみに「世界一やさしいスパイスカレー教室」というのは、本書のタイトルだが、
実は、同名の料理教室をリアルに始めることが決まっている。
著者が出版社から依頼を受けて本を作るだけの時代はもう終わったと思っていて、
それは「スパイスカレー事典」を出した時にも同じことを思ったけれど、
書籍と連動した新しいプロジェクトを始めたいと思っていたから、
リアルな料理教室は読者にとっても有意義な時間になるんじゃないかと思う。
近い将来、リアルな料理教室と書籍の料理教室との間に
何かしらギャップを感じることになるとしたら、
僕らはまだまだレシピ本というジャンルでやり残していることがあるんだと思う。
   
2016年6月   東京カリ~番長 水野仁輔
   
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カテゴリー: 僕はこんなカレー本を出してきた |

40冊目/世界一やさしいスパイスカレー教室 への7件のフィードバック

  1. 土居 和正 のコメント:

    こんにちは!昔からカレーは大好きで食べ歩いていたのですが、田舎なのかまずまず美味しい店はあるんですが
    「これだ!」ってカレーに巡り合えずそうだ自分で作ってみようと思いあれこれ書籍を探して水野さんの「カレーの教科書」にたどり着き拝読させて頂きました。元々イタリアンが好きで昔から作っていたので本の内容は一々腑に落ちました。まだ作るには至っていないのですが楽しみです。新しく上梓された「世界一やさしいスパイスカレー教室」も楽しみです。ぜひ実際のリア料理教室も体験してみたいです。これからもカレーの情報楽しみにしています!

  2. 水野仁輔 のコメント:

    >土居さん
    コメントありがとうございます。スパイスでカレーを作るのは、基本的なルールさえわかればとっても簡単です。そして、ビックリするほどおいしい。ぜひ、トライしてみてください。リアルな料理教室「世界一やさしいスパイスカレー教室」は、来週のキックオフパーティは、満席ですが、この夏から定期的に開催していきます。東京カリ~番長のFacebookをチェックしてみてください。

    • 土居 和正 のコメント:

      早速のお返事ありがとございます!「世界一やさしいスパイスカレー教室」も予約させて頂きました。Facebookのページ、チェックしてみます。

  3. 石黒謙吾 のコメント:

    すばらしい。。。で、偶然にも、<世界一やさしい>というか、写真集のような餃子レシピ本創りました(笑)
    『餃子の創り方』パラダイス山元

  4. 水野仁輔 のコメント:

    餃子の創り方ですか~。餃子の本は売れるんですよね。パラダイス山元さんも餃子道を突き進んでますなぁ。餃子の本が売れる理由がわかれば、カレーの本にも何か応用ができるのかもしれません。

  5. ながきふみのり のコメント:

    私も水野さんのライブに触発された1人で、ゴールデンルールからスタートして、参加しては帰って作ってを繰り返して覚えていきました。また、参加させてください。
    ありがとうございます。

  6. 水野仁輔 のコメント:

    >ながきふみのりさん
    ありがとうございます。ライブクッキングやデモンストレーションをするたびに、やっぱりLIVEは大事なんだな、と思います。またイベントにぜひお越しください。

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